東方朔、東方生 Dong fang Shuo(とうぼう・さく、紀元前154年-紀元前92年)前漢・武帝時代の中国人。字は曼倩。平原郡厭次県の人。後に神仙として扱われる。
『史記』第66・滑稽列伝中に、東方朔の経歴が残されている。斉の出身で古文書や経学を愛し、雑書・史伝を広く読んでいた。初めて長安に入ったときに、3000枚の竹簡に書かれた上書を提出し、武帝は2ヶ月かけて読み終え、朔を郎官に任命した。その後は側近としてしばしば、帝の話し相手を務めていた。
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帝に食事を招待されたときには、食べ残しの肉をすべて懐に入れて持ち帰ろうとして服を汚すのが常であり、下賜された銭・帛を浪費して、長安の若い美女を次々と娶り一年もたつと捨てて顧みないという暮らしのため、同僚には狂人扱いされていたという。武帝はそれでも「朔に仕事をさせれば、彼ほどの仕事ぶりを示す者はいないだろう」と評価していた。